子宮頸がんの再検査へ行く、、
オランダで初めて子宮頸がんの検査を受けたのは正確な年は覚えていないが、コロナ下であったのは覚えている。それまで医者にかかる事のなかったとても健康であった(?)私はGPにも登録していなかった。ところが子宮頸がん検査の知らせが来たので遂にGPに登録するを試みるも、コロナ下でどこのGPも新規登録を受け付けていなかったのである。。レターをよく見ると、セルフキットもあるらしい、と言う事でその際はセルフキットを試したのである。そして結果は再検査であった。HPVウィルスが見つかったと言う事であった。
よく分からないが、私は泣いた。色々と想像してしまったのである。その後GPに行き、細胞を採ってもらい、その結果は大丈夫であったが、一回目の検査が引っかかったので、来年も検査はして下さいとの事であった。レターは来ていたが、引っ越したりしてまたGPの登録をしなければいけなかったので、本当はいけないが、レターは取ってあったが、随分(数年間)放置をしておいた。
数ヶ月前、娘がGPに掛かるので、そのついでに子宮頸がん検査の予約をし、細胞を採って貰った。結果は2週間後だからもうすぐだなぁなんて思っていたら、次の日、知らない番号から電話が、、検索するとGPだった&留守電「また連絡しますね」と残っていた。もうこれは嫌な予感しかしなく、当日は会社にいたがしばらく集中できず。
電話を折り返しすると、やはり検査の結果が引っかかって、再検査しないといけないと。でもだからといって子宮頸がんと決まった訳ではないから安心してねと言われた。
この時点では同様するも、また引っかかったかと思っていたが、次の日に我が家に届いていた検査結果のレターを見て心配は増す。
レターには冊子が入っており、検査結果には段階がありますと、、、
•HPVウィルスで陽性
•HPVウィルスとライトな細胞の変形がみえます
•HPVウィルスと細胞の変形が見えます
なんと私は最後のパターンだったのである。この場合は病院に行き、再検査しましょうと。なんだってマイクロスコープで子宮をチェックし、(検査をするときに液体か何かをつける)もし細胞部分が白くなったらやはり異変があると言う事だそうだ。
ドキドキしながらチェックしてもらうと、はい、大丈夫ね。と言う事であった。これはもう安心したが、1年後にまたチェックするように自分からGPに予約して下さいとのこと。あ、レターはこずに自分で予約か。速攻カレンダーに書き込んだ私である。こう言うのはやはり面倒くさがらずやらなければならないと思わされる時であった。
デイケアから東南アジアへ繋がる
数週間前に子供のデイケアのクラスメイトの誕生日会にお呼ばれした。自分の知り合いの子供の誕生日ではないので、全く知らない子の誕生日に参加するのは我々親にとっても初めての経験であった。
事の始まりはデイケアの先生からAちゃんの親御さんが我が子を誕生日会に招待したいので、連絡先を教えてもよいかな?というところから始まった。もちろん良いと返事したものの、Aちゃんって誰や、、という事で、Aちゃん探しから始まった。デイケアグループのアプリで毎日のようにデイケアでの様子の写真が送られてくるが、もちろん個々の名前は記載していない。随分と前に「友達ブック」という手作り感万歳のデイケアに通っている子供達の写真とちょっとした自己紹介が載っているものが手元にあったので、見てみたが、その子の名前は載っていない、、子供に聞くも「わからない」(笑)と、、丁度旦那が子をピックアップする日だったので、聞いてきてもらい、どの子がAちゃんなのかが判明したのである。
Aちゃんを写真で見てみると、the dutch というお顔付きではないので、見かけから勝手に判断し、トルコ系かな?とか思っていた。当日になって旦那がアプリのプロファイル写真を見せてきた。家族写真であるが、父親はオランダ人か、そして母親はやっぱりトルコ系かスリナム系かとか、(でもサングラス掛けてるから分からない)実に勝手ながらそんな妄想を膨らませた会場へ。
さて、オランダ式キッズの誕生日会といったらどこか会場を借りて、子供達だけで過ごすというパターンと家で祝い、親も参加する場合もあるパターンがあると思う。今回Aちゃんファミリーに聞いたところ、子供は会場で遊べ、親達はその中にあるバーで飲み物や軽食がサーブされるという事であった。
さて会場の入り口でコートを掛けて、中に入っていこうとるすと、何やらマイクを使った人の歌声が聞こえる。歌のおねえさん的な人でも呼んだのか、、と足を運ぶと、右手には子供達が遊べる大きなエア滑り台+ボールプールなど、そして左側に見えた光景が私たち夫婦には衝撃的であった。
なんたって東南アジアの女性達がカラオケをしており、そのパートナーであろうオランダ人男性達が酒を飲んでいた。ここは東南アジアのバーか、、と一瞬錯覚するくらい。もちろん白人家族もいるのだが、少数であった。なんとAちゃんの母親はフィリピン人という事であった。ここは東南アジアか、、先程、言った通りこれは私だけではなく、旦那も衝撃的だったらしい。というのもこの地域はあまりアジア人は見ない。そしてオランダ人の旦那が日本人の輪に入るという事はこういう感覚なのか、、なんだか不思議、(最初は)違和感を感じるという事を学んだ(笑)
話を聞いてみると皆さん、フィリピン+インドネシアのグループで出会ったらしい。(そしてカラオケセットは大事らしい)やはり皆、旦那やパートナーはオランダ人。どこに行っても自分が生まれ育った国のコミュニティーと関わるのは自分を含む移民にはやはり大事な事であるのだなというの再認識したのであった。
あなたならどうする?!
昨日、子供を公園に連れて行くと小学生低学年グループが遊んでいた。しばらくして、グループのうちの1人の女の子(多分7、8歳ぐらい?)が「フラウ(ミス)、ちょっといいですか?」と話かけてきた。「ハイ」と言ったものの、その後オランダ語だったので、分からない単語があり、その単語を繰り返していると、私がオランダ語がわからない事を理解し、なんと英語に切り替え「あそこにいる男の子(同じグループ)がライターを持っていて、危ないので助けてくれますか?」的な事を言ってきた。しかも「同じグループの子の弟の顔にライター近づけて、顔をブツんです」みたいな事を言ってきた。え?それはいかんやろと思い、ちょっと先にいる男の子のところへ向かうも、その子がいる5メートルぐらい手前のところで娘がぐずりだす。ついでに私の話かけてきた女の子もそこにいる。娘のぐずりは長く、男の子は目の前を通りすぎてまた公園の方へ戻ってしまった。
ちょっと待て、、と思いつつも我が子はまだぐずっているし、公園の方には他の大人がいたのでその大人が注意してくれるかと思い、大丈夫かなぁと思いつつも公園の方には戻らず他の場所へと去った。
他の場所へ戻った際に考えてしまった。その場へ向かったものの、何を言えば正解だったのか。「ライター、おばさんに貸しなさい?」「なんでそんな事するの?」「危ないからやめなさい」とか思ったが何を言えばよかったか。しばらくして自分の中で腑に落ちたのが「じゃあ、その子と遊ぶの辞めなさい」とその女の子に言うである。他の人ならどう対応するのか。
この日に思ったのが、私はそういう事に慣れていない、よく思うのだが西洋人はこう言ったシチュエーションに対してヒーローになる事に慣れている。正義感があるのだろう。別にヒーローになろうとしているわけではないのだろうが、困っている人に対して接し方が上手いように見える。昔の日本人もそうか。。
正解は何かは分からないが、咄嗟にそう言った事に対応できる大人になりたいとちょっと考えさせられる出来事であった。
BBAを感じる最近
うちの会社は平均年齢は多分高いほうだと思う。なので30代の若者に習う事が多いのである。まずは性格判断は血液型では古いようで、MBTIをするらしい。ちょっと年上の同僚がその判断のサイトの質問がやや長いと言うので面倒くさいと思っていたが、やってみた。いつかやってくる若者との会話のために。
上司から「空いた時間に説明したい事があるので電話下さい」とslackに連絡が入る。さて、slackで電話しようとするが、どこをクリックしても「call」と表示されないし、アイコンは見当たらない。旦那が丁度居たので、「今slackで電話したいのだが、何処か見つからない(笑)」と聞いてみる。旦那もパッと画面を見るも「俺はslack使ってないから分からない」と自分の部屋へ戻ってしまった。自分の仕事で忙しいか。。結局上司に恥ずかしながらもチャットで聞く。回答は「右上のコレです」と!!あったのはなんとヘッドセットのマークであった。。その事を例の若者のいる輪の中で話をしていたが、若者は「わかりますよ」であった。やっぱBBAは電話のマークじゃないと分からない。
会社の近くのフードコートに3年ぶりくらいに行った。要は最近会社に復帰したのでそんなに間が空いているのだ。で、まあそこでよく行っていたベトナム料理屋さんがあるのだけれど、そこのお兄さんに3年ぶりに会う。「おー、久しぶり、元気にしてた?子供はどう?どうしたの白髪増えたね〜」とフレンドリーに言われる(笑) 私は白髪を染めるのが嫌でもう数年それに慣れていたので自分自身は白髪がそんなに気にならなくなったが、、まあ大体そう思うよねと。
再びトイトレ
前回もこちらで娘のトイトレが大変だった事を日記に記していたが、あれから約6ヶ月が経った。
その間に彼女も3歳になり、もうそろそろトイトレを再開するかーと言う事となった。
前回トイトレをした際には子供も大変だったと思うが、我々親も思った以上に大変であったので正直非常に疲れたのである。パンツ何枚あっても足らないから母さんはスーパーにパンツ買いに駆け込んだしな(笑)しかしながら、いつかは再開しなければならぬ、幼児のトイレ事情。
知り合いの同い年の子供達の話を聞いていると、大体3歳の誕生日あたりを目処にパンツに切り替えれたようだ。ふむふむ。と言うわけで我が子も3歳になったので、私と旦那が両方いる日、つまりは週末にトイトレを再開したのであった。
冬になってきてちょっと寒いので暖房を入れて、まずはパンツ1丁で始めてもらう事にした。本人はそんなに気になっていないようであった。そして、トイレ(おまる)で用を足した際にはお菓子とシールをあげるぜというトリックを使った。実はこの前からちょくちょく歯磨きの時間や寝る前などトイレには連れていき、そこに座ったらシールはあげていたのだが、特に自分からトイレ!と言うことはなかったのであった。
しかし今回は親も本気でやるぞ!と言う事でそこにお菓子を追加した私たち。数分おきに「トイレは大丈夫か?」「トイレに座るか?」とうるさく言われていた娘だがお菓子効果はすごかった。なんと初日からトイレで用を足す事ができるではないか!!2回くらいおしっこをもらしたけれど、失礼ながら期待はしていなかったのですでに数回もトイレで用を足す事ができる事に驚いた母であった。2日目は前日のようにパンツ1丁では嫌だった為か下にはくズボンを要求され、内心、もれたらやだなぁと思いつつも、ズボンを履いて挑戦。思っていた以上に上手にできるし、う◯こと2回くらい小をお漏らししてしまったが大万歳である。まあいい感じでそんな風に時は過ぎていったのである。1週間も経たぬうちにパンツは自分で下ろせるし、ワイプで自分のおしりも拭けるし、うんちもトイレでできるようになったし、とてもとてもトイトレ適齢期だったようである。
あー、凄い、そして時期がくればできる様になるから焦らなくてよいと、ばぶばぶのヒサコさんが言っていたが、それを実感したのであった。
あとは母であるワタクシがどっかに遠出をした際にトイレがどこにあるか把握をしておく心の準備とスキルが必要だ。
やっと仕事をはじめる
この日記でも度々触れてきた私のどうなる就活生活にやっと終止符が打たれました。めでたしめでたし。端的に言うと前に勤めていた会社に時短で戻れる事となったのです。ありがたい〜。
前の同僚(上司含む)とは会社を辞めても友人として繋がっており、リモートで仕事できるようになって、ポジションがあったら声かけるね〜なんて言葉をいただいていたのです。そしてこの会社にもようやく21世紀が訪れたようでリモートで仕事ができる事となったのです。ちなみにコロナ時は会社に勤務してましたが、皆リモートで働いている最中、オフィスに勤務しておりました。懐かしい。
先日オフィスに久しぶりに行ったら、なんか都会を感じたワタシであった。
こちらでも綴っています。
夜中に出かける一人旅
さて、只今22時過ぎ、先ほど自宅を出てきて今ロッテルダムに向かっている。こんな夜に家を出るのは久しぶりだ。しかも1人旅が始まるのである。本来いや、理想なら明日の早朝のタリスに乗ってパリへ日帰り1人旅であったが、行くか行かないか迷っていたらあらまあ、チケットが最初に確認した時より片道だけで3倍以上に。。。行くのを諦めかけていたが、バスだとなんと20ユーロでいけるではないか。しかし時間が7時間ちょっとかかるけど、、まあ浮いたタリス代で土産を買えると思ったら辛抱である。ま、深夜バスだから寝れるし。
さてなんでこのタイミングでパリに行くのかと言うと、辻仁成氏が個展を開催しているのである。彼の日記をよく読んでいて、前にも彼の歌は全く知らぬがライブ行ってみようかなとか思ったのだが、金欠気味(笑)とかなんかの理由で行かなかったのだ。なので今回いい機会かと思い、今回急遽決まったのである。
1人旅なんていつ以来だろうか。パリは確か2回ほど行った事があるが、随分と前。いづれも20代だったし、母と行ったり、現地にいる友達に案内してもらったので、楽ちんであった。今回はワクワクというか自分で全部調べなきゃなのでちょっと面倒くさいと思うBBAなのである。
ついでにロッテルダムまでメトロを使っているがメトロの蛍光灯はなかなか眩しい。眠たかったけど、ちょっと眠気が軽減した。

7時間ちょっとの旅、現地に到着したら雨のようだが、どうなることやら。